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2010年6月20日 (日)

流行に追ってオワレて…?

なんか最近よく遇う人物。だと思ったら

ネットの記事より抜粋。

『五木寛之「親鸞」
 平安末期の絶望と重なる現代著書』

現代は「鬱(うつ)の時代」だという。
長引く不況。親が子供を虐待し
凶悪犯罪が相次ぐ。
自殺者は12年連続で3万人を超す。

 「魂のデフレだと思うんです。
    命が安くなっている」

平安末期から鎌倉時代の
激動期を生きた宗教者、親鸞(しんらん)
の前半生を著書『親鸞』(講談社)
今年初めに発刊し、すでに65万部を突破。
疫病や貧困、飢餓、貧富の差など
絶望が覆う親鸞の生きた時代と、
現代の不安定さが重なってみえるのだ
という。

「小説家はイタコみたいなもので
 その時代の声や人々の
 心の中にあるものを書きます。
 京の町じゅうが死体だらけだった時代に
 若い日を過ごした親鸞の心。
 “時代の風”が吹いてきて
 自然と書かされました」

現代と同じく困難な時代に
悩みながら真実を求め
仏の救いを説いた親鸞の人生が
一筋の光として世を照らすのかもしれない

物語は、親鸞が忠範(ただのり)と
名乗っていた8歳のころから始まる。
親鸞は、自身のことについてほとんど
書き記さなかったが
史実や伝承などをベースに
綿密な時代考証を経て
独自の発想を付け加えた。

幼い忠範は
社会の底辺で生きる人々と出会い
世の中の矛盾を学んでいく。
比叡山で修行した
法螺房弁才(ほうらぼうべんさい)や
河原坊浄寛(じょうかん)
ツブテ打ちの名手、弥七(やしち)。
多くの人たちが忠範を助け、世間を教える。
敵役の黒面(こくめん)法師も
個性的なキャラクターだ。

〈人はなぜ苦しんで生きるのか〉

〈十悪五逆の極悪人でさえ
 ひとたび弥陀の名を呼べば
 必ず救われるのか〉

その答えを得ようと出家し
比叡山で修行した親鸞はその後
念仏を説く法然の門に入る。
今作は
念仏弾圧で越後に流される
30代半ばで終わっている。

《産経新聞
 [6/19 18:58] 田野陽子より抜粋》

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